接客を理論化する「サービスおたく」が語る飲食業界の魅力「飲食業界を通じて得られる経験はどの業界にも負けない。そこで学んだことは人生の財産になる」自らを「サービスオタク」と称する遠山啓之氏は、現在、株式会社WARA-Lの代表取締役として、飲食業界における接客サービスの理論化や教育システムの構築に取り組んでいる。年間200件以上のセミナーや研修を行い、書籍も出版するなど多方面で活躍する遠山氏だが、その原点にあるのは"人を喜ばせることへの情熱"だった。爪楊枝コレクションから始まった"究極の深掘り"精神「中学時代はオタク気質でしたね。爪楊枝を集めるのが趣味でした」そう語る遠山氏は、今でこそ飲食業界の中心で活躍する人物だが、元々は人に興味がある性格ではなかったという。小学校時代はクラスの人気者だったものの、中学時代にはアニメや漫画に加え、独特の趣味として爪楊枝のコレクションに没頭していた。この爪楊枝集めは、ただのコレクション趣味に留まらなかった。「爪楊枝自体よりも、包装紙のデザインが好きだったんです」と遠山氏。大学時代まで続いたこの趣味は、海外旅行先や飛行機内でも爪楊枝を見つけては収集するほどの情熱だった。「一般的なコレクターと同様に『使う用』『保管用』『鑑賞用』の3つに分けて収集していました」と振り返る遠山氏。レストランで爪楊枝をもらう際も、そのデザインの違いやロゴの入れ方など、当時は細部にまでこだわっているお店が多かった。この"徹底的に掘り下げる"姿勢は、後の接客理論の構築にも大きく影響している。「接客は感覚的なものと思われがちですが、私はそれを体系化し、誰でも実践できるよう分類・整理しています。中学時代から持っていた『極めたい』という気持ちが、今のビジネスにも生きています」高校時代は一転して真面目な優等生に。硬式テニス部での活動に打ち込み、学級委員長や体育祭の応援団長を務めるなど、リーダー的な存在として活躍した。また文化祭では有志バンドを組み、学校の軽音楽部よりも多くの観客を集めるという実績も残している。「人前に立って何かをすると、周りの人が楽しそうにしてくれるのが嬉しかった」と当時を振り返る。まだ自覚はなかったものの、この頃から人を喜ばせることに喜びを見出すようになっていった。大学卒業後は、俳優志望で劇団に入るという道を選ぶ。しかし生活のため、大学時代にアルバイトをしていた高級中華料理店「銀座アスター」へ再び足を運び、その後はデザイン会社でクリエイティブな仕事にも挑戦した。クリエイティブの世界から学んだプロジェクトマネジメント大学卒業後、俳優志望で劇団に入った遠山氏だが、生活のために就いた仕事が、後の飲食業界でのキャリアに重要な礎を築くことになる。「劇団員では食べていけないので、当時の彼女の紹介でデザイナーのアシスタントになりました」と遠山氏。入社したそのデザイン会社では、スポーツの応援グッズを制作する部署で働いていた。「デザインソフトは独学で勉強しました。本を買って、先輩に聞いたりしながら必死に学びました」この会社では契約社員として1年半働き、サッカーチームのオフィシャルグッズ制作に携わった。仕事のおかげでサッカーのチケットをもらえることも多く、頻繁にスタジアムに足を運ぶようになったという。「海外でサッカーを観るチャンスももらいました」と当時を振り返る遠山氏。その後は別のスポーツ関連会社に転職し、デザイン部の立ち上げに参画。海外のスポーツグッズの買い付けと販売をしていた会社で、自社でもデザインを始めることになったという。「横浜FCの初年度の応援グッズのデザインを全部担当しました。サポーターが欲しいと思えるデザインを企画して、原価から上代設定、ロット決めなど、構成から納品、検品まで。さらにスタジアムで直接販売するところまでやっていました」この経験が、後の飲食店マネジメントにも大きく活きることになる。「一連のプロセスに関わることで、発想の視野が広がりました。いろんな立場の目を持って考えられるようになった」と遠山氏。デザイン会社での経験は、顧客視点や商品開発、マーケティングの基礎を学ぶ貴重な機会となった。しかし、デザイン業界での苦労も少なくなかった。「デザインって、どんなに頑張ってもアイデアが採用されなければゼロ円。デスクワークで体を動かせず、煮詰まることも多かった」と当時の悩みを吐露する。そんな時、高校時代の友人と食事をする機会があり、改めて飲食業界の魅力に気づいたという。「体を動かしながら働ける環境に惹かれました」そして2000年、27歳の時に株式会社グローバルダイニングに入社する。この決断が、その後の人生を大きく変えることになる。「正社員募集の求人に応募したら、『いきなり社員で入ると首の骨が折れるよ』と言われて、アルバイトからのスタートを勧められました。でも、これが自分の力を着実につける良い機会になりました」アルバイトから始めた遠山氏だが、その成長スピードは驚異的だった。わずか10ヶ月で社員に昇格し、2年以内には店長ポジションに就いている。人材育成と店舗再生のプロフェッショナルへ遠山氏がグローバルダイニングで最初に任された店長ポジションは「モンスーンカフェ恵比寿店」。その後、「G-ZONE銀座店」など複数の店舗の店長を歴任した。特筆すべきは、高級フレンチレストラン「ステラート」での実績だ。「10年以上経ったお店には、1日に1組しか予約が入らないような状況から、月商700万円から翌年月商1,400万円の繁盛店に立て直しました」その成功の秘訣は何だったのか。遠山氏は「お客様一人ひとりに貸し切りのつもりで接客し、次回の接客に活かせるように全てのお客様情報をデータベース化していった」と説明する。「レストランウェディングを経験したお客様は必ず1年に1回以上は来店する。新郎新婦様のリピート率を上げていく戦略を立てました」こうした取り組みの根底には、常に「接客の質の向上」への信念があった。遠山氏は会社公認ではなかったものの、自主的に各店舗から接客好きなスタッフを集めて勉強会を開催するなど、早くから「接客の理論化」に取り組んでいた。業界を超えた「伝える」活動と出会いの連鎖プレジャーカンパニーでの活動は、社内の接客教育にとどまらなかった。遠山氏のキャリアにとって重要な転機となったのが、業界メディアとの出会いだった。「プレジャーカンパニーに入社して1年半ぐらい経った頃、新店舗に取材に来られていた外食産業新聞の川端さんを上司に紹介してもらい知り合いました」と遠山氏は振り返る。初めて川端さんと会った日、遠山氏は社内で実施していた「店長塾」を見学してもらう約束をした。「4時間ほど真剣に後ろに座って見てくださったんです。その後、記事にしていただけたのは本当に嬉しかったですね」この出会いがきっかけとなり、業界紙での連載が始まることになる。「サービスのチカラ」と題した連載は、遠山氏が培ってきた接客の理論や経験を業界全体に発信する貴重な機会となった。「ずっと本を書きたいという思いがあったので、連載は本当に嬉しかった」と遠山氏。2015年1月から2018年3月まで続いたこの連載は、最終的に書籍『サービスのチカラ 店長マネジメント編』として結実する。さらに遠山氏のキャリアに大きな影響を与えたのが、展示会業界との出会いだった。「最初はある飲食展示会でセミナー講師をさせていただきました。それが世の中で初めて登壇するという経験であり、こんな伝え方もあるんだと感じた瞬間でした」その後、居酒屋JAPANでのセミナーや「ぐるなび大学」での講演など、活動の場は急速に広がっていった。「居酒屋JAPANなどを運営するNEO企画の窪田さんが、記事で私のことを知って声をかけてくださったんです。人とのつながりの不思議さを感じますね」多くの業界人との出会いが、遠山氏のキャリアを大きく前進させる原動力となった。「私一人では何もできません。多くの方々の支援があって今の自分があるんです」と遠山氏は語る。2020年に『サービスのチカラ 今からできる!笑顔のアクション接客編』を出版し、さらに活動の幅を広げている遠山氏。「本を通して、まだお会いしたことのない飲食人に伝えられることの喜びを知りました。これからもさまざまな形で飲食業界に貢献していきたい」「見えない接客」を「見える化」する遠山氏が一貫して追求してきたのは、「感覚に頼りがちな接客を理論化すること」だ。「サービスには感覚が重要なのですが、それに頼りすぎている人が多い。それでは限界があります。スタッフにサービスを教える際は『こういう場合はどうすればいいか』を判断基準と行動例を具体的に説明するんです」このアプローチは多くの飲食店で成果を上げ、遠山氏の評判はさらに高まっていった。「『見えない接客の見える化』『誰でもわかる!すぐできる!』をテーマに」教育やセミナーを提供している。演劇経験が活かされるサービスの世界遠山氏のサービス哲学には、大学卒業後に所属していた劇団での経験が深く影響している。「劇団では舞台に立つだけでなく、照明や裏方の仕事も全て劇団員がやるんです。一つの作品を作り上げるために、いろんな人が携わるんだという感覚をそこで学びました」また、同じ演目でも毎回観客との呼吸が違うという「生もの」としての舞台の魅力も、サービス業の本質と通じるものがあると遠山氏は語る。「お客様に魅せるという表現力。それは今の接客の立ち居振る舞いにも活きています」飲食業のサービスもまた、お客様との一期一会の出会いを大切にする「生もの」だ。マニュアル通りではなく、その場の空気や相手に合わせた対応が求められる点で、演劇と共通する部分が多い。独立して更なる挑戦へ2020年、プレジャーカンパニーを退職した遠山氏は、株式会社LEAD LIVE COMPANYを創業。2024年3月には株式会社WARA-Lを設立し、現在は代表取締役として活動している。遠山氏の活動は飲食業界にとどまらず、ホテルや専門学校の講師、大手通信企業の接客研修なども手がけるまでに広がっている。一般社団法人レストランテック協会の顧問やNPO法人居酒屋甲子園の理事としても活躍中だ。「業界・業種を超えた研修やセミナーを年間200件以上のペースで発信しています」と語る遠山氏。その活動範囲は接客・教育・チームビルディング・コミュニケーション・リーダーシップ・理念・行動指針・評価制度・マネジメント・マーケティング・オペレーションなど多岐にわたる。飲食業界への恩返し遠山氏が現在活動する原動力は何か。それは「飲食業界への恩返し」だという。「昔は人に興味がなく、『お金もらってるんだからやれよ』という考え方だった」と振り返る遠山氏だが、20年以上の飲食業界での経験を通じて大きく変わった。「飲食業界を通じて人生や価値観を変えてもらった。本当に素晴らしい業界だと思います。だからこれからの若い方々には、せっかく少しでも接した機会があるなら、もう少し業界にいてほしい。もっと面白いことがたくさんあるんですよ」遠山氏は飲食業の魅力について、こう語る。「飲食業は『人』そのものを学べる場所です。お客様、スタッフ、上司...様々な人との関わりの中で成長できる。飲食業で学んだ『人との接し方』は一生の財産になります」また業界の懐の深さも魅力だという。「飲食業ほど可能性に満ちた業界はありません。年齢や経歴に関係なく、実力次第でどんどん成長できる。私も27歳で業界に入り、わずか2年で店長になることができました」飲食業界との出会いが人生を変える可能性インタビューの終盤、遠山氏は飲食業界と出会う若者たちに向けて思いを語った。「飲食業界を通じて人生や価値観を変えてもらった自分自身の経験から言えることがあります。この業界にちょっとでも触れたなら、少し長く関わってみてほしい。本当に面白い世界なんです」遠山氏自身、27歳でグローバルダイニングに入社するまで、俳優やデザイナーなど様々な道を模索していた。しかし飲食業界での経験が、その後の人生を大きく変えることになった。「私自身、飲食業界と出会わなければ、今の自分はなかったと思います。この業界には他では得られない経験がたくさんあるんです」飲食業の魅力について、遠山氏はこう続ける。「お客様、一緒に働くスタッフ、そして食材や料理など、全てが『生もの』です。マニュアル通りにはいかない世界だからこそ、そこから学べることは計り知れません。人との関わり方、チームワーク、危機管理能力など、どんな場面でも役立つスキルが自然と身につきます」また、飲食業界はキャリアアップのスピードも速いという。「頑張り次第で、年齢に関係なく成長できる環境があります。私も入社してわずか10ヶ月で社員に昇格し、2年以内に店長になりました。自分の可能性を試したい人にとって、チャンスがたくさんある業界です」遠山氏の表情が柔らかくなる。「飲食業は『人と人をつなぐ場所』です。食を通じて笑顔を創ることができる。そんな素敵な瞬間に立ち会える仕事って、他にはなかなかないと思うんです」インタビューを終えて感じたのは、遠山氏の飲食業界への深い愛情だ。単なる「仕事」ではなく、「生き方」として飲食業と向き合ってきた姿勢が、多くの人の共感を呼び、業界の発展に貢献している。飲食業界との出会いが、人生の可能性を広げるきっかけになる—それが遠山氏のメッセージだ。