「つなぐ男の、秘めた野望」― 飲食業界の常識を覆すインフォマートの挑戦「飲食業界は休みがない、大変だ」。世間ではそんなイメージが先行している。しかし、株式会社インフォマートのフードマーケティング部部長、石塚賢吾氏はそれに対して明確な反論を持つ。「そんなことない。それ以上の価値を得られる業界なんだよ」という思いを抱き続けている。飲食業界をデジタルで支えるプラットフォーマーであるインフォマート。その中でも石塚氏は、フード業界の企業とヒト、モノ、コト、ストーリーを結ぶプロジェクト「FOODCROSS(フードクロス)」の初代リーダーとして知られる。彼がたどってきた道のりと、飲食業界に対する熱い思いを探った。獣医を目指した少年から、飲食の世界へ石塚氏のキャリアは、意外なところから始まった。「子供の頃から高校までは非常に真面目で落ち着いた子供でした」と石塚氏は振り返る。中学受験をして勉強に励んでいた彼が目指したのは、獣医師という進路だった。しかし、獣医学科の難関入試に失敗。浪人を経て大学の畜産系学科に進むことになる。大学生活では、焼肉屋とスポーツジムでアルバイトをしながら学業に取り組んだ。この経験が、後の彼の人生を大きく変える転機となる。「飲食店の接客がやっぱり好きだなって思って。お客様に合わせたメニューを提案したり、コミュニケーションを取ることに面白みとやりがいを感じました」注文を取るだけでなく、「ついでにこれもどうですか?」と追加オーダーを提案することに楽しみを覚え、お店でも重宝される存在になった。最初から人と関わることが得意だったわけではなく、飲食店での経験を通じて人とのコミュニケーションを楽しむようになったという。「飲食店ってそういう経験をくれる場所。わかりやすくお客様から『ありがとう』と言ってもらえる。お客様に喜んでもらえることが自分の喜びだった」挫折と再起 - 飲食店経営の厳しい現実大学卒業後、同級生たちが食品メーカーに就職する中、石塚氏は違う道を選んだ。「自分の夢はお店を出すこと」と決め、カフェが好きだった彼はカフェチェーン、タリーズコーヒーに入社した。タリーズでは、横浜ワールドポーターズやランドマークタワー、虎ノ門、青山一丁目、六本木ヒルズといった一等地の店舗で3年間勤務。そこで飲食店運営の楽しさをさらに学び、さまざまな経験を積んだ。タリーズ退社後、先輩と共に念願のカフェ開業を実現させる。東京・大塚駅近くに地域一番店を目指して出店したが、思うような結果は得られなかった。「ランチはおかげさまで満席で二回転していたんですけど、ランチはお店を認知してもらうための機会だと考えていたので、原価も高めに設定していた。ハンドドリップのコーヒーをメインにした業態だったので、抽出に時間がかかり、朝の時間帯での出数も思うように増やせなかった」結局、開業から1年で石塚氏は店を離れることになる。共同経営者との考え方の違いもあり、厳しい決断だった。「飲食店経営の難しさを痛感しました。個人事業主で体力的にも金銭的にもギリギリでした」インフォマートとの出会い - 飲食業との再結合一度は飲食業界から離れたいと思った石塚氏。「ちゃんと休みが土日で取れて、最低限のお給料がもらえ、経験が活かせるところ」を探した結果、2009年にインフォマートに入社する。最初は商談システムの営業として、買いたい人と売りたい人をマッチングする業務に従事。飲食店オーナーや卸業者と接する中で、「実は自分は根っから飲食業が好きなんだな」という思いが徐々に顔を出してきたという。「失敗した時のネガティブなイメージは一過性のものであり、本質的には飲食業は好き。それに気づかされました」コロナ禍で生まれた「FOODCROSS」の挑戦石塚氏の思いが最も実を結んだのが、コロナ禍での取り組みだった。飲食業界が苦境に立たされる中、「今までの恩返しのように何かできないか」という思いから生まれたのが「FOODCROSS」プロジェクトだ。「ユーザーが苦しんでいる姿を見て、今までシステム提供でお世話になっている業界に何もしないでいるのはおかしくないかと思った」石塚氏は「人に寄り添う、テクノロジーでつながる、未来を創造する」をテーマに、展示会やオンラインセミナーを通じて、フード関連企業の最先端の取り組みを紹介し、企業同士の交流を促進するFOODCROSSを立ち上げた。「発足後、私たちだけの力で何かお客様を支援するのではなく、誰かとともにお客様を支援するという視点で見るようになった。顧客課題を捉え、その解決策を提示したいという思いが強くなりました」この取り組みは社内にも波及し、同じ認識を持つメンバーが増えていった。社内ブランディングや社内育成にも効果的だったという。「自社だけでは解決できない課題も、他社とつなげることでトータルで解決できる。その文化を作っていきたい」飲食業界の価値を再定義する石塚氏が最も伝えたいのは、飲食業界の本当の価値だ。「やはり飲食業界が好き。飲食業界はすごく良い業界だということをどんどん世の中に伝えたい」ニュースでは「飲食は休みがない、大変だ」というイメージが流れがちだが、彼はその先にある価値にこだわる。「それ以上の価値を得られる業界です。人間力が上がる。感受性が豊かになって、相手のことをよく見るヒアリング力が上がる。お客様が何をしてほしいかすぐわかるので能動的に動ける。確実にビジネススキルが上がる」石塚氏自身、外食産業で働いた経験がなければ、今の人生はなかったと確信している。「もし外食産業を経験してなかったら、多分今みたいな人生になってないと思います」人手不足を乗り越えるために飲食業界が直面する大きな課題として人手不足がある。石塚氏はその解決策として「働きたい人を増やすこと」を挙げる。「業界をいい業界として見せていくことが大事。飲食業界はやりがいのある業界という世界観を伝えていきたい」石塚氏は、インフォマートがただシステムを提供するだけでなく、「インフォマートのおかげで」と言われるような文化を作りたいと考えている。飲食業界全体の採用希望者が増えるような世界を目指す。彼が描くのは、通常の仕事と飲食業がダブルワークできるような世界。「両方経験することで人間としての価値が上がる」と言う。さらに時代の変化に合わせて、飲食業界のキャリアパスを多様化することも重要だと指摘する。「飲食業界がいろんな業界とコラボレーションすれば、キャリアパスルートが増えて魅力的な人材が入ってくる。新しい知見を持って出たり戻ったりする流れができる」未来へのビジョン現在、石塚氏はFOODCROSSを軸に、社会課題、特に人手不足の解決に取り組もうとしている。「なるべく多くの人に『飲食って魅力的な仕事なんだ!』と思ってもらえたら嬉しい」と語る。飲食業界の価値を高め、デジタル技術で支援する。この二本柱で業界全体の発展に貢献したいという思いは、彼がタリーズで店長として働いていた時から変わらない。「飲食業界の良さを知っているからこそ、その価値を伝えることができる」石塚氏自身の経験がそれを証明している。飲食業での挫折を乗り越え、今は業界を外から支える立場として、新たな挑戦を続けている。彼の言葉には、飲食業界への愛が溢れている。「システムだけでなく、人が活躍できる場として飲食業界を盛り上げていきたい」石塚氏が目指す世界は、テクノロジーと人間味が共存する飲食業界の未来だ。その実現に向けて、彼の挑戦はこれからも続く。