人を育てる美学「教育の文化を社会に広めたい」TANREN株式会社取締役兼営業本部長を務める目野健一氏は、そう語る時の表情が輝きます。テクノロジーを活用した人材育成プラットフォームを提供する同社で、彼は飲食業界を含む様々な産業の人材育成に携わっています。レストランテック協会の顧問としても活動する彼の情熱の源は、若い頃の経験にあります。「飲食の世界」との出会い目野氏は福岡県出身。中学時代は真面目な優等生で陸上選手として活躍していました。地区予選で優勝するほどの実力の持ち主でしたが、高校に入ると環境が変わります。男子校での新しい人間関係の中で、彼は少しずつ変化していきました。「高校1年生の後半、初めてファストフード店でバイトを始めました。最初は学費や小遣いのためでしたが、次第に仕事そのものにやりがいを感じるようになりました」当時のバイト先の店長は厳しく、きちんとした接客マナーや仕事の基本を叩き込まれたといいます。その経験は彼の「仕事の基礎」となりました。学生時代には居酒屋、バー、和食料理店、ミスタードーナツなど、さらに多くの飲食店でアルバイトを経験。その理由を尋ねると、目野氏は少し微笑みながら答えます。「食は好きですし、人と話すのも好きでした。飲食業界特有の人間関係や上下関係も、自分に合っていたんです。何より、お客様に喜んでいただける瞬間が好きでした」学生時代、目野氏はアルバイトリーダーとして新人教育も担当します。この経験が、後の彼のキャリアに大きな影響を与えることになります。「人に教えることが本当に楽しかった。誰かが成長する姿を見るのは何物にも代えがたい喜びがあります。最初は戸惑っていた新人が、少しずつ自信を持って接客できるようになる。その変化を見るのが嬉しかったんです」紆余曲折のIT業界キャリア専門学校で情報処理を学んだ後、目野氏は東京のIT企業でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせます。当時はバブル崩壊後の厳しい時代。彼は一日18時間という長時間労働をこなしながら、金融系システム開発の世界で奮闘しました。「毎日のように終電を逃し、会社に段ボールを敷いて寝る日々でした。それでも若かったので何とかやっていましたが、通勤電車で疲弊しきったサラリーマンを見るうちに、『このままではいけない』と思うようになりました」4年間の東京生活を経て、目野氏は福岡に戻ります。そして就職情報誌でエレコムという会社の募集を見つけました。「当時のエレコムはまだ設立間もない会社で、フロッピーディスクケースなどの文具よりの製品が中心でした。ただ、これからコンピュータ周辺機器を本格的に扱っていくという方針で、情報系の知識を持った人材を求めていました」目野氏はサポート職として応募しましたが、最終面接で会長から「君は3年間営業をしなさい」と言われます。エンジニアから営業へのキャリアチェンジは大きな転機でした。「最初は戸惑いましたが、『お客様のことをしっかり知ってサポートに入れないと本当のサポートにならない』という会長の言葉に納得して、営業の道に進みました」福岡支店に配属された目野氏は、量販店向けの営業を担当。当初はベテラン営業に同行する形でしたが、すぐに一人で回るようになりました。「エンジニア経験があったので、パソコンの知識を活かして量販店の店員さんと会話が弾みました。教えてあげると店員さんが喜んでくれて、それが注文につながる。そんなサイクルができていきました」人材育成と組織づくりの修行時代営業として実績を上げた目野氏は、入社2年目にして熊本営業所の立ち上げを任されます。事務所探しから採用、アシスタントの教育まで、すべて一から行いました。「熊本では量販店だけでなく法人営業も始めました。南九州エリアは量販店が少なかったので、新しい販路を開拓する必要があったんです」その戦略は当たり、熊本営業所の売上は福岡支店に匹敵するほどになりました。わずか2人のチームで4〜5人分の成果を上げる実績に、本社からも注目されるようになります。「当時はまだ30歳前で、部下や取引先に年上の方も多かった。マネジメントは本当に大変でしたが、一つ一つ実績を積み上げることで信頼を得ていきました」その後、目野氏は中四国エリアの統括、西日本全体の統括と順調にキャリアを積み上げます。30代前半で西日本統括という重要なポジションを任され、その後も関東エリアでの法人営業部隊の立ち上げなど、常に新しいチャレンジに挑戦し続けました。「新しい市場を開拓する時、最も大切なのは人材育成です。どんなに優れた商品やサービスがあっても、それを伝える人がいなければ意味がありません。私は各エリアで人材を育てることに力を入れました」目野氏はエレコムで21年間勤め、様々な経験を積みます。その間、彼が一貫して大切にしてきたのは「人を育てる」という理念でした。教育とテクノロジーの融合へ44歳の時、目野氏は長年勤めたエレコムを離れ、TANREN株式会社に参画します。きっかけは、現在の代表取締役CEOである佐藤勝彦氏との出会いでした。「佐藤さんは日本料理店『なだ万』で調理師をされていた経験があり、その後携帯電話販売の業界でセールス支援研修の講師を務めていました。彼が『人材育成のためのテクノロジーを作りたい』と言った時、これは自分のやりたいことだと直感しました」TANRENが提供するのは、動画を活用した教育プラットフォーム。営業や接客スキルの練習を動画で撮影し、それをAIや上司が評価・フィードバックする仕組みです。「日本企業の多くは、教育に対する投資が少なく、人材育成の文化が根付いていません。『人を大切にする』と言いながら、実際には個人の能力任せになっていることが多い。それを変えたいと思いました」カスタマーサクセスの重要性TANRENでの道のりは平坦ではありませんでした。新しいサービスの市場開拓は困難を極め、一時は解約が相次ぐ時期もありました。「お客様に導入いただいても、実際に運用が回らないケースも多かった。企業のミッションやビジョンには『人材育成が大切』と書いてあっても、現場が着いてこない。社長は導入を決めたものの、現場のマネージャーがその価値を理解していないと、うまく浸透しません」この課題に対して、目野氏が注力したのがカスタマーサクセスでした。「単に契約を取るだけでなく、お客様が本当に活用できるようサポートすることが重要です。私は毎月お客様を訪問し、どう使っているか、どう活用すれば効果が出るかを伝え続けました」長年のIT業界経験から、目野氏は営業とカスタマーサクセスの両方が重要だと痛感していました。「エレコム時代の経験からわかったのは、いくら良い製品を売っても、お客様がそれを活用できなければ意味がないということ。TANRENでは、お客様が本当に成果を出せるよう、継続的なサポートを大切にしています」教育のデジタル変革転機となったのは、AIの導入です。約2年前から、投稿された動画をAIが自動で評価できるようになり、人手不足の中でも、細かなAIフィードバックを行えるようになりました。「日本企業では、きちんと人を見て育てるという文化が弱い。でもAIを味方につければ、少ない人数でも多くの社員に対してフィードバックができるようになります。それが私たちのサービスの価値につながってきました」その結果、一度離れていった顧客が戻ってくるなど、事業は再び上向きに転じています。特にコロナ禍で対面研修が難しくなった時期に、TANRENのようなデジタル教育プラットフォームの価値が再認識されました。「教育の本質は変わりませんが、方法論は時代とともに進化すべきです。私たちはテクノロジーの力を借りて、より効果的な人材育成の仕組みを提供したいと考えています」目野氏によれば、教育において最も大切なのは「継続性」です。「一度や二度の研修では人は変わりません。日々の小さな積み重ねが大きな成長につながります。だからこそ、毎日でも取り組めるような仕組みが必要なんです」これは彼が学生時代に飲食業のアルバイトで学んだことでもあります。「一日一日の接客経験が、自分のスキルになっていく。その積み重ねが大切だと実感しました」飲食業界とテクノロジーの架け橋に目野氏はTANRENの営業として、飲食業界を含む様々な業界に新しい人材育成の形を提案しています。特に2020年頃からは、レストランテック協会の理事(現在は顧問)として、飲食業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進にも力を入れています。「飲食業は日本の強いコンテンツです。海外からも注目されていて、これからもっと発展していく可能性を秘めています。そのためには、人材育成とテクノロジーの活用が不可欠です」レストランテック協会は「テクノロジーの力で、飲食業界を幸せにする」をミッションに活動する団体。目野氏はその中心メンバーとして、テクノロジー企業と飲食業界の架け橋となっています。「飲食業界は人の温かみが大切です。でも、人の温かみを大切にしながらも、テクノロジーの力で効率化できる部分はたくさんあります。特に人材育成の分野では、テクノロジーの活用が進んでいません」飲食業界の人材育成について、目野氏は独自の視点を持っています。「飲食業は『人』が最大の資産です。料理のスキルも大切ですが、それ以上に接客のスキル、チームワーク、危機管理能力など、様々な能力が求められます。これらを体系的に育てる仕組みが必要です」学生時代に様々な飲食店でアルバイトをした経験から、目野氏は飲食業の魅力と課題の両方を理解しています。「飲食業の最大の魅力は、お客様の笑顔を直接見られること。その喜びを感じながら働ける環境を作るために、テクノロジーでサポートできることはたくさんあります」人を育てる喜び目野氏の原動力は「人を育てる喜び」にあります。学生時代のアルバイトリーダー、IT企業での若手育成、そして現在のTANRENでの活動。すべてに共通するのは「人の成長を支援する」という軸です。「人に教えるのは本当に楽しい。相手が成長していく姿を見るのはやりがいがあります。学生時代にアルバイトリーダーとして新人を教えた時の喜びは今でも覚えています」エレコム時代、目野氏は新人営業マンの育成にも力を入れていました。「自分の経験を伝えるだけでなく、相手の強みを見つけて伸ばすことが大切だと学びました。一人ひとり特性が違うので、同じ教え方では通用しません。個々に合わせたアプローチが必要です」この経験は、TANRENでのサービス開発にも活かされています。「私たちのサービスは、一人ひとりに合わせたフィードバックができる仕組みを目指しています。AIの力を借りながらも、最終的には『人』が中心の教育を実現したいんです」目野氏は「諦めないこと」と「楽しさを見つけること」を自分の価値観として大切にしています。これは学生時代のアルバイト経験や、IT業界での長いキャリアを通じて培われた信念です。「どんな状況でも諦めない。そして自分なりの楽しさを見つける。それが私のモットーです。飲食業のアルバイトも、エンジニアも、営業も、すべての経験から学びがありました」未来を見据えて11年目を迎えたTANRENでの挑戦は、まだ続いています。目野氏は飲食業界を含む様々な産業の人材育成に情熱を注ぎ続けています。「日本の飲食業界には、まだまだ伸びしろがあります。特に人材育成という点では課題が多い。だからこそ、テクノロジーの力を活用して、より良い教育環境を作っていきたい」テクノロジーの進化により、飲食業界のDXは急速に進んでいます。多くのテック企業が飲食業界に参入し、新しいサービスが次々と生まれています。「今までは分断されていた飲食業界とテクノロジー業界が融合することで、新しい価値が生まれています。その架け橋になるのが私たちの役割だと思っています」飲食業界の未来について、目野氏は明るい展望を持っています。「飲食は人間の基本的な喜びです。テクノロジーで効率化できる部分は効率化し、人間にしかできない温かいおもてなしや創造性を発揮できる環境を作る。それが私の夢です」教育とテクノロジーの力で飲食業界に新しい風を吹き込む目野氏。その挑戦は、日本の食文化の未来を明るく照らしています。おわりに「人を育てることは、未来を育てること」目野健一氏はそう語ります。飲食業界でのアルバイト経験、IT業界での長いキャリア、そして現在のTANRENでの活動。一見バラバラに見えるキャリアの中に、「人を育てる」という一本の軸が通っています。テクノロジーの力で人材育成を変革し、飲食業界に新しい可能性を開く。そんな目野氏の挑戦は、これからも続いていきます。