「なんとかなる」が人生を切り開く「やばい、どうしよう…」と思いながらも、結局「なんとかなる」—これが株式会社Proz代表取締役の網本信幸氏の人生哲学だ。高校時代のアルバイト、大学受験の勉強、バックパッカーとしての海外放浪、そして現在のビジネスに至るまで、ギリギリのタイミングで全力を尽くし、結果的に「なんとかなってきた」経験が彼のビジネス観を形作っている。空白を埋める力—高校時代から培われた集中力と度胸1978年東京都生まれの網本氏。高校1年生の時、単なるお小遣い稼ぎとして始めた居酒屋でのアルバイトが、彼の社会人としての第一歩だった。「高校1年から居酒屋でバイトを始めました。個人経営の店で、お金を稼ぎたくてね。当時はバイクを買うためでしたね」網本氏は16歳になる前から計画的にバイク免許の取得を進め、誕生日を迎えるとすぐに晴れて免許を手にした。この時から「先を見据えた計画」と「ギリギリまで粘る」という相反する二つの特性が彼の中で共存していた。高校時代は居酒屋だけでなく、イトーヨーカ堂でもアルバイトをするなど「掛け持ち」で働き、アルバイト三昧の日々を送っていたという。「高校時代は本当にバイトばかりで、勉強は全然しなかった。でも3年生になってやばいと気づいて…」大学受験を前に、網本氏は2年間の空白を埋めるべく猛勉強を開始。予備校に通い、集中して勉強に取り組んだ結果、法政大学政治学科に無事合格した。「高校3年の頭とほぼゼロの状態から、一年間ガーッと勉強して大学に入った。この体験が後々まで影響していますね。『ギリギリでもなんとかなる』という感覚が身についてしまった」この経験は、現在の網本氏のビジネススタイルにも反映されている。課題に直面した時、一見解決不可能に思える状況でも、集中して取り組めば必ず道は開けるという確信が、新規事業の立ち上げやプロジェクトの推進力となっている。バックパッカーで培った臨機応変の精神—先が見えなくても動き出す勇気大学に入学した網本氏は、またしても授業よりもアルバイトに没頭する日々を送った。しかしその目的は変わっていた—海外へのバックパッカー旅行のための資金作りだった。「大学に入ってからはピザーラで働いて、稼いだお金で長期休暇のたびに海外に行きました。春休みと夏休みを利用して、年に2回は必ず行っていましたね」網本氏のバックパッカー旅行は通常の観光旅行とは一線を画していた。航空券だけを購入し、宿泊先も予定も決めずに出発するという徹底したスタイルだった。「チケットしか買わないで出発するんです。予定なしで1ヶ月、2ヶ月行く。財布をなくしたり、変なところに連れて行かれたりすることもありましたが、それでもなんとかなるんです」タイで財布をなくした際も、優しいタイ人が見つけてくれて、日本大使館経由で連絡が来たというエピソードを笑顔で語る。この「どんな状況でもなんとかなる」という確信は、その後の彼のビジネス展開にも大きな影響を与えることになる。現在の網本氏のビジネス手法には、このバックパッカー時代の経験が色濃く反映されている。完璧な準備ができていなくても、まずは動き出し、状況に応じて臨機応変に対応する—この柔軟性は、変化の激しいビジネス環境において重要な武器となっている。アメリカでの13年間とMEOとの出会い—ゼロから事業を創り出す力大学卒業後、網本氏は一般的な新卒採用活動を経ずに、トランス・コスモス株式会社のコールセンター部門で契約社員として働き始めた。当初はアメリカの大学院に進学するための資金を貯める目的だったが、運命的な出会いにより、彼のキャリアは大きく動き出す。「契約社員として働いていた時の上司がアメリカ赴任になったんですが、ある事情で3ヶ月で帰国することになった。そこで代わりに私が行くことになったんです」こうして24〜25歳の若さで、網本氏は同社のアメリカ法人の事業責任者としてアメリカに渡り、そこから13年間滞在することになる。アメリカではコールセンター事業を中心に、様々な事業を手がけた。アメリカ滞在中、網本氏はMap Engine Optimization(MEO)という店舗ビジネスのデジタル情報を一元管理するソリューションの可能性に気づく。網本氏はアメリカで普及しつつあったこのMEOツールを日本に持ち込んだ先駆者の一人となった。MEOは、Googleマップなどの地図検索での上位表示を目指す施策で、あるレストランでの「六本木 女子会」というキーワードに対するMEO対策では、施策実施前は検索順位が40位以下だったが、サイテーション(ウェブ上での店舗情報の言及)を適切に増やすことで、わずか数日で2位まで上昇させるという成果を上げた。この経験から、網本氏は新しい技術やアイデアに対する好奇心と「なんとかなる」精神で、日本ではまだ浸透していなかったMEOという概念を積極的に取り入れるようになった。Prozの設立—前例のない道を切り開く13年間のアメリカ経験、コールセンター事業の知見、そしてMEOのSaaS事業からの着想を得て、2020年5月、網本氏は新たな挑戦として株式会社Prozを設立した。「トランス・コスモスでのコールセンター事業の経験とMEOで培ったSaaS事業の知見を活かして、カスタマーサポート領域におけるCX(Customer Experience)を追求するための企業として、Prozを立ち上げました」Prozが提供する主力サービス「Proz Answers」は、FAQ、メール、チャットを一つのプラットフォームで統合管理するシステムだ。顧客からの問い合わせを効率的に管理し、自己解決率を高めることで、様々な企業のカスタマーサポート業務を効率化する。「私たちのサービスは、単なるテクノロジーの導入ではなく、顧客体験の質を根本から変えることを目指しています。デジタル化によって現場の従業員の負担を減らし、本来の業務に集中できる環境を作ることが重要です」網本氏はここでも「なんとかなる」精神を発揮した。新型コロナウイルスの影響が深刻化する2020年9月に本格始動という、ビジネス環境としては最も厳しい時期に船出したProzだが、その逆境をものともせず成長を続けている。高校時代の「空白を埋める集中力」、バックパッカー時代の「臨機応変の対応力」、アメリカ時代の「ゼロから創り出す力」—これらの経験が全て結集し、Prozという新たな挑戦に結実したのだ。レストランテック協会での活動—異業種の視点をもたらす網本氏は自社の経営だけでなく、一般社団法人レストランテック協会の顧問としても活躍している。同協会は飲食業界のデジタル変革を推進するための業界団体だ。網本氏は現在、飲食業界専門のSaaS事業を直接展開しているわけではないが、MEOに関わった経験とIT経営者としての豊富な知見から、レストランテック業界に貢献している。「飲食業にはMEOの時に少しだけ関わっていた。IT経営者として、サイテーションの重要性やデータ分析の観点から、レストランテック業界に新しい視点をもたらしたいと考えています」カスタマーエクスペリエンス(CX)の専門家として、網本氏は飲食業界においても、顧客との接点はデジタルチャネルへと広がっており、そこでの体験の質が事業成功の鍵を握るようになっていると強調する。「私たちが目指すのは、テクノロジーを通じて人間同士のつながりをより豊かにすることです。どの業界でも人と人との関係性が重要ですが、デジタル技術はその関係性をさらに強化するツールとして活用されるべきだと考えています」「なんとかなる」から「なんとかする」へ—未来を切り開く高校時代からのアルバイト経験、バックパッカーとしての冒険、アメリカでの13年間、そしてProzの設立と成長—網本氏の人生は常に「なんとかなる」という楽観的な精神に支えられてきた。しかし、それは単なる成り行き任せの楽観主義ではなく、ピンチに陥った時こそ全力を尽くす「なんとかする」という能動的な姿勢に裏打ちされたものだ。「高校3年生で受験勉強を始めた時も、アメリカでビジネスを立ち上げた時も、Prozを設立した時も、最初は『やばい、どうしよう』と思いました。でも結局、全力で取り組めばなんとかなるんです」網本氏は、異なる業界の経験を持つ人材が新しい分野に関わることの重要性も強調する。「異なる視点を持った人が業界に入ってくることで、全体が活性化します。特にIT業界やデジタルマーケティング業界の経験を持つ人材が、他の業界に新たな風を吹き込むことで、より革新的なサービスや体験が生まれるでしょう」未来へのメッセージ最後に網本氏は、チャレンジを考える人々へのメッセージを語った。「どの業界も今、大きな転換点にあります。新しいテクノロジーやビジネスモデルが次々と生まれ、従来の常識が通用しなくなっています。この変化の波に乗れる人材が、これからの時代を牽引していくでしょう」特に強調するのは、テクノロジーと人間性のバランスだ。「AIやチャットボットといった先端技術の導入が進む中で、私たちが目指すのは『人間中心のテクノロジー活用』です。テクノロジーは人間の創造性や感性を置き換えるものではなく、それを最大限に引き出し、サポートするものであるべきです。この視点を持った人材が、これからの時代には不可欠です」Prozの代表取締役として、レストランテック協会の顧問として、網本信幸氏は今も新しい領域の開拓に挑戦し続けている。高校時代のアルバイト経験から培われた「なんとかなる」精神は、未来を切り開く原動力となっている。「私の経験から言えることは、やりたいことがあるなら、とにかく飛び込んでみることです。最初は不安でも、全力で取り組めば必ず道は開けるはずです。なんとかなります」