「人とつながるビジネスで価値を創る」飲食×テクノロジーの可能性を追求する新時代の経営者「お客さんの顔が見えるビジネスが好きなんです」スタートスイッチ株式会社代表取締役で一般社団法人レストランテック協会顧問の鈴木奨平氏は、そう語る。飲食業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する立場にある彼の言葉には、テクノロジーだけでは得られない「人とのつながり」の大切さが込められている。デジタル化が進む現代において、異業種から飲食業界の変革に挑む人材が注目されている。IT業界での経験を持ち、飲食業界のDX推進に情熱を注ぐ鈴木氏のキャリアとビジョンを通して、業界の垣根を超えたイノベーションの可能性を探る。「ロックンロール」な学生時代鈴木氏の学生時代は、意外にも「やんちゃ」な一面があった。中学時代は卓球部のキャプテンを務めた鈴木氏。当時通っていた学校は新設で部活動が8つしかなく、本当は野球がやりたかったものの、「同級生が30人もいたのでレギュラーになれない可能性もある」と現実的に判断。最終的に卓球部を選び、地区大会の団体戦で入賞するなど活躍した。「結局、高校で軟式野球部に入部するんですが(笑)」高校時代に転機が訪れる。進学校に通っていた鈴木氏だが、高校1年生頃から次第に反抗期を迎える。「高校1年の終わりくらいから思春期特有の悶々とした感情が芽生えて。『学校もアホらしい』と思うようになって。部活も行かなくなり、地元の友達と時間を過ごす日々でした」成績も1年生の時は440人中50番以内だったのが、300番台まで落ちてしまう。しかし、この時期に鈴木氏は音楽に出会う。「高校1年生から音楽をやり始めて、路上ライブとかもやっていました。最初はビートルズやゆずのコピーからスタートしましたが、高校3年から作曲も始めていました」音楽への情熱は進路選択にも影響を与えた。当初は音楽の専門学校への進学も考えたが、親や学校の先生の助言もあり、「音楽活動が盛んな大学」を調査。くるりなどを輩出していた立命館大学を選んだ。大学時代は音楽とバイトに没頭大学入学後は、勉強そっちのけで音楽活動とアルバイトに熱中する日々が続いた。「大学では音楽をやるために入ったので、バイトと音楽しかほぼやっていなかったです。勉強は全然頑張っていない。なんなら卒業式の日に『無事卒業できた』とわかるくらいでした」大学時代のアルバイト先として選んだのが居酒屋だった。当初は「まかない食べれるし、家から近い」という単純な理由だったが、この経験が後の人生を大きく変えることになる。「最初は『養老乃瀧』という居酒屋で働き、途中、コンビニバイトを挟み、3〜4年生時はワタミの坐・和民で働き始めました」特にワタミでの経験は印象深かったという。坐・和民の関西一号店の立ち上げに携わり、「バイトなのにお店を動かしている感覚」を体験。同僚たちと一丸となって店舗の売上を追い、仕事後には一緒に盛り上がる。そんな団結感と達成感が、飲食業の魅力として心に刻まれた。「バイトなのに今日の売上を意識して行動したり。本当にバイトが楽しくて。当時一緒に働いた人とは今でも仲がいいし、最近でも当時の店長と食事をしたりしています」音楽への夢と現実の狭間で立命館大学では「ずっと音楽でやっていく」という思いで、就職活動もせずに音楽活動に打ち込んでいた鈴木氏。しかし、3年生の11月に所属していたバンドが「方向性の違い」で解散してしまう。「バンドは『これからずっとやっていくぞ』と思っていた矢先に解散し、急遽就活をしなければならなくなった」そんな中、転機となったのが、ワタミの渡邉美樹氏が登壇するセミナーだった。「渡邉美樹さんのセミナーを聞いて、『働くという考え方が変わった』と友人に言われて参加したんです。話が本当に面白くて、共感できました」この経験をきっかけに、外食産業への関心が芽生え始める。しかし、すぐに入社したわけではなく、結果的にはカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)へ。音楽への思いもあり、CDレンタル部門での仕事を選んだのだ。「CCCに入る決め手も音楽絡みでした。音楽を扱う仕事がしたかったんです」人生の転機となった高校時代の経験鈴木氏のキャリア選択には、高校1年生の時の経験が大きく影響している。「高1の時、父が勤めていた大企業で会計上の問題があり、給料が3分の1くらい減ってしまったんです。当時46歳だった父は転職もできず、家で仕事への不満を口にするようになった。それを見て『ああなりたくない』と思ったんです」この経験から、「一人で飯が食えるようになりたい」「会社に依存する人生は怖い」という強い思いが生まれた。音楽で生きていこうとしたのも、独立して働いていた人が多かったCCCを選んだのも、すべてはこの原体験に根ざしている。「食えるようになりたい」という意識が、その後のキャリア選択を支えてきた。北海道からAKB48を広めた男CCCでは主に音楽CDのレンタル部門を担当。音楽好きという自身の強みを活かし、北海道地区では地域特性に合わせた品揃え、売り場づくりを行った。「北海道は音楽が一年くらい遅れて流行るところがありました。CCCでは各フランチャイズの店舗の方と会話しながら、北海道特有のアーティストの特集をするなど、地域に合わせたアレンジを加えていきました」そんな中、鈴木氏が北海道で力を入れたのがAKB48の楽曲だった。「当時、北海道ではまだAKBがそこまで認知されていなかった時期に、『ヘビーローテーション』などを大量に仕入れ、店内の目立つ場所に大きく展示したんです。自分で言うのもなんですが、北海道でAKB48を広めたのは私かもしれません」鈴木氏は冗談交じりにそう語るが、CDレンタル店が音楽の入り口だった当時、売り場づくりの工夫が音楽トレンドに与える影響は決して小さくなかった。「タワーレコードなどで買うのはお金に余裕がある人やコアなファンだけ。でも、レンタルなら100円200円の世界なので、気軽に試せる。そこで目立つ場所に置くかどうかで、お客さんの手に取られる確率が大きく変わるんです」フランチャイズ企業とのコミュニケーションも重視した。「本部の方針をベースにしつつも、お店側から『こういうアーティストが地元で人気がある』といった情報をもらうこともありました。お店にそういう詳しい人がいれば、むしろその人の知見を活かすようにしていました」コンサルタントからスタートアップへCCCを退社後、コンサルティング会社に転職した鈴木氏。その後、ソフトバンクグループの人材系企業でマーケティングや新規事業開発を経験し、さらに独立してコンサルタントとしても活動した。「新規事業開発の経験は、お客さんの課題を解決する思考法を身につける上で大きかった。『この人は本当は何に困っているのか、その課題はどうやったら解決できるのか』ということを常に考えるクセが、後のキャリアにつながっています」2016年、友人との複業プロジェクトとして立ち上げたAIスタートアップ「カラクリ」が軌道に乗り始める。SBI証券やメルカリ、WOWOWなど大手企業向けにカスタマーサポートの自動化・最適化サービスを提供するこの事業に、鈴木氏は本格的に参画することを決意する。カスタマーサクセスの真髄カラクリ株式会社では取締役として、主にカスタマーサクセス部門をリード。顧客企業の成功を支援する立場で、約6年間同社の成長を牽引した。「カスタマーサクセスは単なる職種ではなく、『気持ちいいビジネスをしましょう』という概念でもあるということ。お客さんがハッピーになってくれたら、自社も儲かり続ける。その考え方がベースにあります」組織づくりでも、顧客第一の姿勢を徹底した。「大切なのはお客さんの事業を伸ばし、お客さん自身を出世させること。無理に売り込むのではなく、『欲しいかも』と思ってもらえる機会をつくること。そのためにはお客さんの課題は何か、何に困っていて、その課題は私たちで解決できないかを常に考える必要があります」この姿勢は、高い顧客満足度につながった。鈴木氏は「失敗したら謝罪に行ってでも関係修復する」という経験も語る。「ビジネスは人間関係。失敗しても後からのリカバリー次第で、かえって関係が深まることがある。喧嘩して仲直りした友達が親友になるようなものです」レストランテック協会で飲食業界のDXを推進現在、鈴木氏はスタートスイッチ株式会社の代表取締役として活動する傍ら、一般社団法人レストランテック協会の顧問も務めている。同協会は「テクノロジーの力で、飲食業界を幸せにする」をミッションに掲げ、飲食業界のデジタル変革を推進する団体だ。「飲食業界は開業から3年で7割が廃業し、10年続くのは1割程度と言われる厳しい世界です。近年は人手不足や原材料の高騰など多くの課題に直面しています。だからこそDXによる業務改革が不可欠なんです」しかし鈴木氏は、DXは単なるデジタル化ではないと強調する。「デジタル化はDXを進めるための手段の一つに過ぎません。大切なのは、デジタル技術を活用して顧客や社会のニーズに基づき、製品やサービス、ビジネスモデルを変革すること。例えば、セルフオーダーシステムを導入して接客業務が効率化されたとしても、スタッフが『接客しなくて済む』だけでは意味がない。浮いた時間をどう活用し、顧客体験をどう向上させるかが重要なんです」飲食業界の魅力と未来へのビジョン鈴木氏の経験から見えてくるのは、飲食業界の持つ普遍的な魅力と可能性だ。「飲食業は、お客さんの反応がダイレクトに伝わってくる仕事です。『おいしい』と言ってもらえたり、リピートしてもらえたりする喜びは何物にも代えがたい。そして、それはスタッフ全員で共有できる達成感なんです」大学時代のアルバイトから始まり、今に至るまで一貫しているのは「人を喜ばせる」という情熱だ。その原点はワタミでのバイト経験にあり、CCCでの北海道エリアの音楽トレンド創出、カラクリでの顧客企業支援、そしてレストランテック協会での業界変革へと発展してきた。これからの飲食業界については、DXとリアルな体験の融合に可能性を見出している。「DX導入により、予約情報や注文履歴、来店頻度などのデータを効率的に収集・分析できます。このデータを基に、顧客の好みに合わせたメニュー開発やプロモーションが可能になり、パーソナライズされたサービス提供が実現できるのです」コロナ禍を経て非対面・非接触へのニーズが高まったが、飲食業の本質は変わらない。むしろデジタル技術を活用することで、より深く顧客を理解し、質の高い体験を提供できる時代になったと鈴木氏は考える。飲食業界に関心を持つ若者へのメッセージもシンプルだ。「テクノロジーはあくまでも手段であって、目的ではありません。大切なのは『なぜそれを導入するのか』という本質を見失わないこと。そして、飲食業の原点である『人を幸せにする』という使命を忘れないでください」スタートスイッチの役割と今後の展望現在、鈴木氏が代表を務めるスタートスイッチ株式会社は、企業の事業成長を促進するカタリスト(触媒)としての役割を担っている。「社内だけでは進まないケースに対して、弊社が触媒のように介在することで、実行スピードを高め、事業成長を促進します。第三者だからこその客観的な視点で、社内の枠にとらわれず、本質的にお客様のためになる伴走型の業務支援を行います」自身の今後については、「また誰かと大きいことをやりたい」と語る鈴木氏。現在はさまざまな可能性を模索している段階だが、レストランテック分野での新規事業立ち上げも視野に入れているという。「食べることが好きだからこそ、飲食業界の可能性を信じています。テクノロジーの力で飲食業界をもっと魅力的に、そして持続可能なものにしていきたい。それが私の使命です」「やんちゃ」な学生時代から未来へ一見脱線に見える高校時代の反抗期や、音楽に没頭した大学時代の経験が、実は今の鈴木氏の仕事に活きている。「高校時代の経験からは、自分らしさを大切にする姿勢を学びました。周りと同じことをするより、自分の道を見つける大切さを知りました」大学時代の音楽活動で「人の反応を直に感じる喜び」を知り、居酒屋バイトで「チームで目標を達成する楽しさ」を体験した。この経験が、顧客視点を大切にするカスタマーサクセスの姿勢や、飲食業界のDXを推進する現在の活動につながっている。テクノロジーと人間味が融合した新しい飲食ビジネスの時代。そこに関わることの魅力は、もはや飲食業界だけにとどまらない普遍的な価値を持っている。「やんちゃ」な学生時代から着実にキャリアを積み上げてきた鈴木奨平氏の歩みは、その可能性を体現しているのだ。