「まだ何者でもない、そんな人を応援したい」挫折と再起の原点「飲食業界の人たちはピュアな人が多い。そして喜びが身近にある。だからこそ、この業界を一生懸命応援していきたい」そう語るのは株式会社ミライーツ代表取締役の大山正氏だ。12年前に外食メディア「フードスタジアム」の運営に加わり、コロナ禍では飲食店のデリバリー導入支援にも尽力してきた人物だ。大山氏の挫折の原点は高校時代にさかのぼる。文武両道の学校でサッカー部に所属していたが、なかなか自身の満足のいく現役生活を送ることはできなかったと語る。小学3年生から始めた10年間のサッカー生活は、結果を残せないまま終わりを迎えようとしていた。一方で、中学時代は200メートル走で歴代記録を塗り替えるほどの足の速さを持っていた。「足が速く、体も強かったので、本当は地元にラグビー部があればラグビーの方向に行っていたかもしれません」と振り返る。ストリートダンスとの出会い高校生活の終盤、大山氏は推薦入試で大学進学が決まり、サッカー部も引退した。そんな時、友人から卒業ライブでのストリートダンスパフォーマンスに誘われる。「受験が早く終わって暇になった時期に、友達に誘われて学校の卒業ライブでダンスをやることになりました。結果はめちゃくちゃ恥ずかしい思いをしたんですが、それがきっかけで大学からストリートダンスにのめり込んでいくことになるんです」大学生になった大山氏は本格的にダンスを始める。路上パフォーマンスやクラブイベントなど、アンダーグラウンドの世界で活動を続け、大学3年生の時には60チーム以上が参加する大きなダンスコンテストで上位入賞を果たす。自身のファーストネームである「TDS」というダンスネームで活動し、ゲストダンサーとして呼ばれるようになり、わずかながらもお金をもらえるようになった。「ダンスを通じて初めて、何者でもなかった自分が『何者か』になれたんです。この時が人生初めてのキャリアハイでした。その経験が今につながっています。自分がそうであったように「まだ何者でもない」そんな人たちを応援していきたいというのが、私の原点になっています」就職と飲食業界との出会い大学4年生になり、就職活動の季節がやってきた。両親の勧めもあり、広告業界を志望。フリーペーパーを発行するベンチャー企業に入社する。配属されたのは美容部門。銀座エリアのエステ・リラクゼーションサロンを担当することになった。当時、美容業界は広告需要が高く、営業成績も順調に伸びていった。しかし大山氏は満足していなかった。「100人ほどの会社で一番になったところで、どこまでいけるのか。そんな思いがありました」と振り返る。そんな中、会社の先輩からお客さんとの飲み会で歌舞伎町に呼ばれるようになる。仕事で原稿を書き終えた後、夜な夜な歌舞伎町に通う日々。その中で出会った情熱的な飲食店経営者たちとの交流が、大山氏の人生を変えるきっかけとなっていく。「毎日のようにネットカフェに泊まるような生活になって。気づいたら新宿に引っ越してました」と笑う。転機と挑戦広告代理店を2年10ヶ月で退社した大山氏は、数社転職を経験したのちに新宿でよく一緒にいた上司がいた飲食企業に誘われ、販売促進部に従事。ぐるなびやホットペッパーなどを活用した集客業務を担当することになる。そこで約3年半働き、飲食業界の魅力と課題を目の当たりにした。29歳の時、数人の同僚と共にその会社を退社し、居酒屋を始める。大山氏も経営に関わりながら、フリーランスで飲食店の広報支援も手掛けていた。そんな中、以前から広報業務の依頼でフードスタジアムにお世話になることがあった。当時のフードスタジアムは新たな展開を模索していた時期。大山氏は「完全成功報酬」という形で、同社の支援を買って出た。「当時『出張広報くん』というパッケージを作りました。飲食店の広報・販促を成功報酬で請け負う。広告費を除いて売上が伸びた分の5%をいただくというモデルです」このモデルが奏功し、フードスタジアムの業績は順調に推移。大山氏は関わり始めてわずか1年で代表取締役に就任することになる。「飲食業界の情報の最前線に立つには、フードスタジアムのようなメディアが最適だと思いました。飲食店は広告の需要は低いけれど、彼らを応援できる立場になりたいと考えたんです」見つけた使命感「フードスタジアムでの仕事を通じて、自分の好きなことと得意なことが一致したんです。飲食店経営者を支援して喜んでもらえる。そして自分も飲食が好き。20代はずっとモヤモヤしていたのですが、この飲食業界との出会いが二度目のキャリアハイでした。この業界なら一生身を委ねられる、自分の中であの学生の頃(ストリートダンスをしていた時期)を超えられるのでないかと思いました」大山氏は飲食業界の魅力を「ピュアな人が多い」「喜びが身近にある」と表現する。新しいお店のオープン、繁盛店の成功の秘訣、飲食店を陰で支える生産者や業者の物語—これらを伝える喜びが、大山氏の原動力になっている。飲食業界におけるキャリアの中で、大山氏が特に思い入れを持っているのが「創業者にもセカンドキャリアがあっていい」という考え方だ。「飲食業は休憩が取りにくい商売です。20代や30代でお店を始めた頃と、何年も経った今とでは、やりたいことも変わってくるはず。それが許されていないような状況があるのは残念です。そういったことも応援していきたい」新たな挑戦とコロナ禍2020年、大山氏は株式会社ミライーツを設立する。「未来の食(eats)をクリエイトする」という意味を込めた会社名には、従来の飲食店経営の枠を超えた新しい価値創造を目指す思いが表れている。同社はオンラインコミュニティ型のプラットフォームとして、会員限定で飲食業界の有益な情報の配信や飲食店の経営に寄り添った業界の最新トレンドを効率的に届ける取り組みを始めた。また、デリバリー・ゴーストレストラン領域のコンサルティング会社「GRC株式会社」の創業メンバーとしても活動。自らゴーストレストランの実験店舗を運営し、中食・デリバリー導入による外食産業の生産性向上を提案してきた。「メディアの人間が実際にお店をやったことがないのに、とよく言われることがありました。だからこそ自分でもやってみようと思いました。実際に経験してみて、飲食店経営の苦悩や大変さがよく分かりました」その経験を踏まえて、今は「経営する側ではなく、経営している人たちを一生懸命サポートしていくことに専念したい」と語る。現在の活動現在のフードスタジアムでは、大山氏自らが取材と記事執筆も担当している。具体的には4つの企画を展開中だ。「クロスロード」:飲食店経営者の人生観を掘り下げる「噂の繁盛店」:新旧問わず流行っている繁盛店を取材「内側の人たち」:飲食店を支える業者・サポーターにフォーカス「ネクストチャプター」:過去に取材した経営者の現在を追う「記事を書くことで飲食店を応援でき、それが自分の心の状態にも良い影響を与えています。心が上昇志向にある時によく見ていた『空を飛ぶ夢』を見るようになりました。最近めっちゃ飛んでます」と大山氏は笑う。「コロナもあって、皆さんそれぞれにドラマがあります。新しい気づきがたくさんあるんです」また、大山氏はレストランテック協会の専務理事として、飲食店のDXも支援している。テクノロジーの導入による生産性向上は、人手不足など業界の課題に対する一つの解決策になりうるとの考えだ。飲食業界の未来と自らの使命「私が大事にしているのは『人』です。飲食業界の魅力は何より、そこで働く人、経営する人の熱意にあると思っています」大山氏は自分の役割を明確に認識している。「私は飲食店を経営するよりも、経営者を応援する側に徹したい。何者でもなかった人が何者かになっていく過程を見守り、サポートする。それが私の使命だと思っています」大山氏の言葉には、飲食業界への深い愛情と尊敬の念が感じられる。彼自身が経験した「何者でもない」状態から「何者か」になる喜びを、多くの人と分かち合いたいという思い。それこそが、彼の原動力になっている。「この業界は本当にピュアな人が多いんです。だからこそ、一生懸命応援していきたい」飲食業界の未来は、大山氏のような「応援者」の存在によって、より豊かなものになっていくだろう。