飲食業界を革新する情熱:藤野氏の挑戦と変革甲子園の夢から始まった旅路空は青く、グラウンドの土は風に舞っていた。福岡の高校野球部で右翼手として甲子園を目指していた藤野大一朗氏。彼の夢は県大会3回戦で途絶えたが、負けず嫌いの精神と人と向き合う姿勢は、その後の人生を形作る基盤となった。「野球で学んだチームワークと粘り強さは、どんな仕事でも活きています」と藤野氏は振り返る。福岡大学時代は塾講師のアルバイトをしつつ、500人規模の代議員会の議長を務めるなど、リーダーシップの片鱗を見せていた。しかし当時の彼にとって、飲食業界は単なる社交の場でしかなかった。新卒で入社したユビキタスエナジーでは、町工場向けに電子ブレーカーのテレアポ営業を担当。「1日400件の電話をかけて、アポイント獲得率はわずか0.2%」という過酷な環境で営業の基礎を学んだ。しかし、この経験が後の彼の粘り強さと顧客に寄り添う姿勢を育てたのは間違いない。デジタルの力で飲食店を変える最初の一歩食品添加物の営業を経て、藤野氏の人生を大きく変えたのは、地元の広告代理店で食べログの販売を担当するようになったことだった。当時の食べログは、今ほど一般的ではなかった。「福岡県内で有料登録している飲食店は100店舗もなかった時代です。でも食べログのページビュー数は年間10億を超えていて、有料掲載すれば効果は絶大でした」と藤野氏は当時を懐かしむ。一店舗一店舗を訪問し、デジタル化の波に乗ることの重要性を飲食店オーナーに伝える日々。最も成功した月には、月額契約で150万円の売上を達成した彼は、この成功体験から「テクノロジーの力で飲食業界を支援する」という自分の使命を少しずつ見出し始めていた。「お店のオーナーさんたちが喜んでくれる姿を見て、これが自分のやりたいことなんだと感じました」と藤野氏は言う。しかし、時が経つにつれて食べログへの登録店舗が増え、効果は薄れていく。藤野氏は単なる集客支援だけではなく、飲食業の本質により深く関わりたいという思いを強くしていった。覆面調査と運命的な出会い東京でのキャリアを求め、藤野氏はリサーチ会社(当時ROI、現ファンくる)に転職。飲食店の覆面調査の営業を担当することになった。顧客満足度の向上という新たな切り口から、飲食業界に貢献する道を進み始めた。「覆面調査は面白いサービスだなと直感的に思いました。集客して終わりじゃない、品質向上の部分も大事なんだと」と藤野氏は当時の印象を語る。この会社での最大の転機は、当時の代表取締役だった益子雄児氏との出会いだった。「益子さんから飲食の面白さをたくさん学びました。彼がいなかったら、今の自分はありません」と藤野氏は恩師を振り返る。特に益子氏が会社を辞める前の1年間、二人三脚でパートナーセールス部署を立ち上げる経験は、藤野氏にとって飲食業界とテクノロジーの未来を考える貴重な時間だった。益子氏から受け継いだ「飲食業界への情熱」と「テクノロジーの可能性への確信」は、彼のキャリアの原動力となっていく。コロナ禍での決意—危機は機会に飲食業界への思いが決定的になったのは、皮肉にも飲食業界が最も苦しんでいたコロナ禍の時期だった。藤野氏自身も大腿骨頭壊死という難病に直面し、精神的にも厳しい状況だった。「家にいるとふさぎ込んでしまうから」と痛みを抱えながら外食に出かけた先で、彼は心揺さぶられる光景に出会った。「緊急事態宣言が繰り返される中、飲食店オーナーたちが『大丈夫か?』と僕の体調を気遣ってくれたんです。自分は給料が保証されたサラリーマンなのに、彼らの方が経営の危機に直面していた。それなのに他者を気遣い、前向きでいる。この人たちの役に立ちたいと強く思いました」この経験は藤野氏の人生観を変えた。苦境の中でも希望を失わず、お客を第一に考え続ける飲食人の姿に、彼は自分の進むべき道を見出したのだ。ダイニーでの挑戦—飲食革命の最前線現在、株式会社ダイニーでパートナーセールスを担当する藤野氏。ダイニーは「すべての人の飲食のインフラとなる」というビジョンを掲げ、飲食店向けのモバイルオーダーやPOSシステムを提供する急成長企業だ。2024年には74.6億円の資金調達にも成功し、日本の飲食業界のデジタル変革を牽引している。「飲食業界は素晴らしい文化と人の温かさを持っていますが、テクノロジー活用ではまだまだ遅れている部分がある。その溝を埋めることで、飲食の未来をもっと豊かにできると信じています」と藤野氏は語る。パートナーセールスを選んだ理由について、藤野氏はこう説明する。「店舗に入ると、その店舗のことだけしか考えられなくなる。でも、テクノロジーの力で外から支援することで、より多くの飲食店の役に立てる。一つの店ではなく、業界全体を変革したいんです」藤野氏が担当するパートナーセールスでは、様々な企業とのアライアンスを構築し、飲食業界のエコシステムを広げる役割を担っている。「パートナー企業の営業担当者が持つミッションと、私たちのソリューションを融合させる提案をする必要があります。複雑ですが、その分やりがいがあります」テクノロジーが変える飲食の未来「飲食×テクノロジー」の最前線に立つ藤野氏は、この業界の可能性を熱く語る。「テクノロジーは飲食業界の課題を解決するだけでなく、新しい価値を創造します。例えば、モバイルオーダーは単に注文の手間を減らすだけではなく、店舗とお客様のコミュニケーションを深め、リピーターを増やす効果があります」また、データ活用の可能性も強調する。「飲食店には膨大なデータがありますが、まだ十分に活かされていない。POSシステムから得られるデータを分析することで、メニュー開発やマーケティングの精度を高められます」藤野氏の眼差しは常に未来を見据えている。「キャッシュレス決済の普及、人材不足の解消、食材ロスの削減など、テクノロジーが解決できる課題はたくさんあります。その一つ一つに向き合い、最適なソリューションを提供していきたい」飲食の未来を支える覚悟藤野氏のキャリアは一見遠回りに見えるかもしれない。しかし、テレアポの苦労、食べログでの成功体験、覆面調査での顧客満足度向上への取り組み、そしてコロナ禍での決意—これらすべての経験が、現在の彼を形作っている。「なぜ今も飲食業界に関わり続けているのか」という問いに対する藤野氏の答えはシンプルだった。「この人たちの役に立ちたいから」その言葉の裏には、深い感謝と尊敬の念がある。彼のストーリーは、自分の情熱を見つけ、それを追求し続けることの大切さを教えてくれる。今、飲食業界は大きな変革期を迎えている。人材不足、原材料費の高騰、消費者ニーズの多様化など、課題は山積みだ。しかし、これらの課題こそが、テクノロジーの力で解決できる可能性を秘めている。「飲食業界とテクノロジーを繋ぐ架け橋になりたい」という藤野氏の思いは、日々の仕事の中で実現されている。彼のようなプロフェッショナルが増えていくことで、日本の食文化はさらに豊かになり、世界に誇れるものになるだろう。飲食とテクノロジーの融合は、もはや選択肢ではなく必然となっている。藤野氏のストーリーは、その変革の最前線に立つ人々の情熱と使命感を私たちに伝えてくれる。