拒んだ飲食業界に、夢中になる。「こんなに横のつながりがある業界はないんじゃないかな」株式会社CSS-consultingでセールスコンサルタントのユニットリーダーを務める中原剛志氏は、飲食業界の魅力をそう語る。飲食業界と一口に言っても、店舗経営者からITベンダー、食材メーカーまで、実に多様なプレイヤーが関わっている。その横のつながりが生み出す化学反応こそが、この業界の最大の特徴だ。学生時代の原体験から見た飲食業界中原氏の飲食業界との出会いは大学生時代にさかのぼる。韓国居酒屋でのキッチンスタッフを皮切りに、様々な飲食店でアルバイトを経験した。「バイト自体は結構楽しかったです。包丁を使ったり、料理を焼いたりするのは面白かった」と中原氏は振り返る。一方で、店長が客前で土下座する場面や、深夜までの労働、休みなく働く姿を目の当たりにして、「飲食店では働かないと思っていました」と当時の印象を語る。多くの人が飲食業界に対して抱きがちな「きつい」「大変」というイメージ。しかし、その裏側には熱量と情熱が隠れていることを、中原氏は後に知ることになる。食品メーカー時代—創造性と迅速性が求められる世界大学卒業後、中原氏は大手食品メーカーに入社。特に最終商品ではなく原料を扱う仕事にこだわったという。「この原料を使ってこういう商品を作りませんか?という提案ができる面白さに惹かれました」と中原氏は当時の選択を振り返る。食品メーカーでは11年間勤務し、大阪から東京、さらに広島と転勤を重ねた。キャリアのスタートは大阪での5年間。地元の小規模パン製造会社や菓子メーカーを担当する中で、営業の基礎を学んだ。「ルート営業からスタートして、足繁く通ってお客様との関係を築いていきました。最初は売上面で苦労しましたが、お客様のニーズを理解し、提案できるようになるとやりがいを感じました」と中原氏は語る。その後、東京に異動となり、大手パン製造会社を担当することに。この会社は食品メーカーの売上の約3割を占める重要顧客だった。その責任の重さから、中原氏の生活も大きく変わったという。「東京に行ってから本当にお酒を飲むようになりました。もともとあまり強くなかったんですが」と笑う中原氏。仕事が終わるのが遅く、8時や9時になることも多く、同僚たちと飲みながらストレスを発散する日々が続いた。とりわけ印象的だったのは、コンビニエンスストア向けの商品開発に携わった経験だ。「朝から何軒もパン屋さんを回ってベンチマークとなる商品を買い漁り、新商品のアイデアを考える日々でした。頭がおかしくなるんじゃないかというほど、次々と新しいアイデアを出さなければなりませんでした」コンビニ企画は通常1ヶ月という短いサイクルで回転する。「前年の売上を超えないといけないというプレッシャーがあります。企画を通すだけでなく、その後の在庫管理も重要です。売れなければ大量の在庫を抱えることになりますから」そんな中、中原氏が考案した斬新なアイデアの一つが「みたらしパン」だった。「パンの上にみたらしのソースを乗せるという、当時としては珍しい組み合わせでした。実際にコンビニで商品化されましたが、正直なところあまり売れるとは思っていませんでした」と苦笑する。他にも「焼き芋パン」など、様々な商品の企画に携わった。「アイデアを出すのはいいんですが、売上予測が次々と上がっていくと、内心『大丈夫かな』と心配になることもありました」東京での5年間を経て、次は広島へ。ここでは主に四国地方の顧客を担当することになったが、ちょうどその時期に新型コロナウイルスの影響で移動制限があり、思うように営業活動ができなかった。1年間の広島勤務を経て、キャリアの転機を迎えることになる。「食品メーカー時代は、商品開発から販売まで一貫して関われる面白さがありました。特に自分のアイデアが形になって全国で販売されるという経験は何物にも代えがたいものです」と中原氏は振り返る。一方で、「東京時代のプレッシャーは相当なものでした。次々と新しいアイデアを求められる中で、時には『売れないだろう』と思いながらも企画を通さなければならない状況もありました」と当時の苦労も率直に語る。そんな中原氏が、なぜ食品メーカーからIT企業へとキャリアチェンジしたのか。「SaaS企業が急成長している時期で興味があった」と語る彼の背景には、自分自身の成長への渇望と、新しい挑戦への意欲があった。また、大阪に戻りたいという思いも強かったという。レストランテックという新たな可能性株式会社CSS-consultingは人事労務支援クラウドシステム「HybRid(ハイブリッド)」を開発・提供する企業だ。特に飲食・サービス業に特化したサービスを展開している。「飲食店の経営者や店長は本来、『おいしい料理を提供する』『お客様に喜んでもらう』ことに集中すべきなのに、煩雑な書類作成や労務手続きに膨大な時間を取られています。そこを我々のシステムで効率化し、本来の業務に集中してもらうことが使命です」中原氏は学生時代にバイト先で見た店長の苦労を思い出しながら、「あの頃とは違う環境づくりができる」という使命感を持って日々の業務に取り組んでいる。飲食業界の変革者たち中原氏によれば、飲食業界は今、大きな転換期を迎えているという。「労働基準法の改正により、これまで労務管理への取り組みが遅れがちだった飲食・サービス業界での需要が急増しています。特にコロナ禍で業界全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速しています」CSS-consultingは2016年の設立以来、「サービス業界特有の風土改善は必須」という理念のもと、飲食店経営者のパートナーとして成長してきた。2023年にはサービス業の経営コンサルティングを行う株式会社MS&Consultingとの資本業務提携も発表し、さらなる飛躍を目指している。飲食業界の隠れた魅力「飲食業界は、他のどの業界よりも横のつながりが強いと感じます」と中原氏は語る。飲食店経営者同士、そして彼らをサポートするベンダー同士も交流する。勉強会やコミュニティ活動も盛んで、お互いの知見を共有し合う文化がある。「僕は以前、食品メーカーの営業をしていましたが、パン業界はかなりニッチな世界で、企業間の情報交換はあまりありませんでした。それに比べて飲食業界は、競合であってもフランクに情報交換できる環境があります」また、飲食業界は企業理念や社員の定着に対する取り組みも進んでいるという。「飲食に関わる企業は、社員やスタッフを引きつけ、定着させようという努力を積極的に行っています。その意味では最も先進的な業界の一つではないでしょうか」飲食の可能性を広げるIT中原氏の仕事は単なるシステム販売ではない。クライアントの課題をヒアリングし、それに最適なソリューションを提案するコンサルティング営業だ。「私たちが提供するのはITツールですが、その使い方や活用方法を提案することが重要です。機能的な違いだけではなく、どう使えば効果的かという提案が価値を生みます」この姿勢は前職の食品メーカー時代から変わらない。「前の会社でも、ただジャムを売るのではなく、このジャムを使ってこんな商品を作りませんか?という提案が面白いと思っていました。今も同じです」ITと人の力で変わる飲食の未来中原氏はレストランテック業界で働く魅力をこう語る。「お店を実際に見に行き、この店とあの店が同じ会社だと知ったり、新しいお店の開店を見に行ったりするのは純粋に楽しいです。以前は街のレストランを単に利用するだけでしたが、今はその裏側を知ることができます」また、飲食業界との関わりを通じて視野が広がったという。「今の仕事をしていなければ、街の飲食店をどこが運営しているかなど、まったく知らなかったと思います。業界の構造や経営の実態を知ることで、食事をする際の見方も変わりました」中原氏は最後にこう締めくくる。「飲食業界は今、大きな転換期を迎えています。人手不足や働き方の多様化、デジタル化など様々な課題がありますが、それはチャンスでもあります。『人』を大切にし、効率的な仕組みづくりに積極的に取り組む企業が成功すると確信しています。この業界に関わる全ての人が、本来の『おいしさ』や『おもてなし』に集中できる環境づくりに貢献したい」飲食×ITで広がる可能性飲食業界とITの融合は、まだ始まったばかりだ。食材の発注管理から予約システム、勤怠管理、顧客管理まで、様々な業務がデジタル化されつつある。それによって店舗運営の効率化だけでなく、データに基づく経営判断も可能になってきた。「飲食業界は日本が世界に誇れる産業の一つです。その質の高さを維持しながら、より働きやすく、そして経営しやすい環境を作ることが、私たちレストランテック企業の使命だと思っています」と中原氏は力強く語る。飲食業界に関わる魅力中原氏は飲食業界へのキャリアチェンジを考える人へのメッセージもくれた。「この業界の面白さは、すぐに結果が見えること。導入したシステムやサービスで店舗の課題が解決し、店長やスタッフの表情が変わるのを目の当たりにできます。また、誰もが『食』に関わる業界なので、自分の仕事の意義を実感しやすいのも魅力です」学生時代に「絶対に働きたくない」と思っていた飲食業界。しかし今、中原氏はその業界を支え、変革する立場にいる。「どんな業界も中から見ると、外から見るのとは全く違います。偏見や先入観を捨てて飛び込んでみると、予想外の可能性が広がっているかもしれません」若い頃のアルバイト経験から大手食品メーカーでの営業経験、そして今のITベンダーでのキャリアまで。一見バラバラに思えるキャリアパスが、飲食業界という軸でつながっている。そんな中原氏の軌跡は、業界の垣根を超えた可能性を示している。飲食業界は単なる「きつい」「大変」という表面的なイメージを超えた、奥深い魅力を秘めている。中原氏のように、自らの経験と技術を活かして業界に新たな風を吹き込む人材が、これからの飲食業界を支えていくだろう。