「好奇心の赴くまま」で歩んできた青春時代練馬区で育った伊谷氏は、中学時代にテニスを始めた理由を尋ねると、意外な答えが返ってきた。「中学でテニスを始めたのは、天皇陛下がテニスをされているのを見て『一生涯続けられるスポーツがいいな』と思ったからなんです。皇室の方々が家族でテニスをされている姿に憧れました」10代の頃から長期的な視点を持っていた伊谷氏だが、高校時代は「今」を大切にする若者らしい一面も見せていた。「私立の女子高に進学して、最初はダンス部に入ったんですが、あまり楽しくなくて辞めてしまいました。当時は『池袋ウエストゲートパーク』の影響もあって、池袋に入り浸っていました」高校時代の伊谷氏は、いわゆる"ギャル系"の文化に親しんでいた。ルーズソックスにミニスカートといった当時流行のファッションや趣味にも影響を受けていたという。しかし、母親の「大学だけは出ておいた方がいい」という勧めもあり、明治大学へと進学した。「明治大学に入ったのは家から近かったからです。でも、明大はお酒を飲む方が多い大学だったので、そこで飲酒文化にどっぷりと浸かりました」大学ではテニスのサークルにも入ったが、こちらも一年ほどで退部。その理由は興味深い。「高校が女子校だったので、大学では友達のいるインカレのテニスサークルに入ったんです。でも、あまりテニスをしなかったので退部しました。」退部後にはじめたカラオケ店でのアルバイトでは楽しい時間となったようだ。「カラオケ店を選んだのは、タダで歌いたかったから。当時はカラオケブームで、遅番が終われば自由に歌えるし、仲間と楽しい時間を過ごせました。また、当時社員だった人やサラリーマン、大学生のお客様など様々な出会いや刺激がありました。」居酒屋という"人が交わる場所"への深い愛着「本当に単純な話で、もともと居酒屋が大好きなんです」伊谷氏はそう語る。彼女の飲食業界への愛着の原点は、居酒屋という空間にあった。「居酒屋ってさまざまな出会いがある場所です。店員さんだったり、お客さん同士だったり。自分が好きな居酒屋をほんの少しでもよくできるきっかけになるなら、それはすごく嬉しいことです」伊谷氏の居酒屋愛は、祖父の影響も大きかったという。漁師をしていた祖父の存在が、幼い頃から食文化への関心を育んできた。ただ単に料理や飲み物が好きというだけでなく、「人と人がつながる場所」としての飲食店の持つ社会的な価値に魅了されている。「お酒を飲むと会いたい人に会えるんです」と伊谷氏は真剣な表情で語る。「例えば、この間名古屋に行って、東京に帰る新幹線で隣に座った方が飲食関係の方だったんです。一緒にお酒を飲んで帰ってきたら、その方と親しくなって『今度名古屋に来て困ったことがあったら言ってね』という関係になりました」正面から行くと緊張して距離が縮まりにくい相手でも、お酒の場では自然と打ち解けられる。そんな「お酒の力」と「居酒屋という場」の可能性を誰よりも信じている。「飲食の展示会がとにかく楽しいんです。私にとって飲食業界は単なる仕事ではなく、ライフワークとも言えるもの。この業界に深く関われることが本当に幸せです」そう語る彼女の飲食業界への思いは本物だ。伊谷氏は「飲食に関わる展示会がなくなったら即会社を辞めるかも」と冗談交じりに笑いながらも、その目は真剣そのものだ。キャリアの始まりは"ティッシュ配りの創意工夫"から大学4年生になると、伊谷氏のまわりは就職活動に忙しい学生たちで溢れていた。しかし彼女は一般的なルートを取らなかった。「就職どうしようかな、と考えていたんですけど、特にやりたいことがなかったんです。みんなのようにリクルートに登録して、というような就職活動は一切したことがなくて。社会をあまり知らなかったから、とりあえず短期の派遣みたいなバイトに登録してみたんです」そのアルバイト感覚で始めた短期派遣の仕事が、思わぬ展開を見せることになる。「渋谷でティッシュ配りのバイトをしていたんです。でも5時間同じことをするのはつまらないと思って、5つのキャラクターを作って配り方を変えてみたんです。例えば、ギャル風に配ったり、清楚な感じで配ったり...どういう配り方が人気があるのか、自分なりに試していました」この創意工夫が、ある営業職の女性の目に留まることになる。「遠くから見ていた方に『あなた面白いですね』と声をかけられて。『営業の仕事をやってみませんか』と誘われたんです」当初は興味がなかったものの、銀座という場所で働けることに魅力を感じ、大学4年生の夏に大手生命保険会社に就職することになった。「銀座で働けるから、いいかなと思って。最初は興味ないですね、と断ったんですけどね。でも『職場が銀座』って言われて。とりあえず丸の内OLに楽して憧れるみたいな感じで」こうして伊谷氏は、周りの学生が就職活動に必死に取り組む中、既に社会人としての一歩を踏み出していたのだ。「流れるまま」のキャリアが育んだ多様なスキル「特にやりたいことがなかったんです」と伊谷氏は率直に語る。しかし、それは決して消極的な選択ではなく、目の前のことに全力で取り組む彼女なりの生き方だった。「生命保険会社では、気遣いや先輩についていく力、泥臭さみたいなものを身につけました。当時は自分の名前ではなく『○○生命の○○さん』と会社名で呼ばれることも多くて。それもちょっと嫌で、2年ほどで新しい環境を探し始めました」そこで次に選んだのが旅行業界だった。「友人の紹介で旅行代理店に転職しました。5人ほどの小さな会社でしたが、ここで本当の意味での『仕事』を知りました。海外旅行のコンサルタントから添乗員まで幅広く経験して、お客様と直接関わる喜びを知りました。添乗員の資格も取得して、海外や国内の添乗も担当しましたね」しかし、小規模な会社特有の人間関係の難しさもあり、2年ほどで退職。その後、生命保険会社時代の先輩の紹介で、国立大学の就職支援やビジネス交流会を手がける会社に入社した。「そこでは社長と二人三脚で事業を進めていました。24時間365日働くような感じで、本当に毎日が充実していました。大手上場企業の人事部へ営業したり、国立大学の学生と企業をつなぐ仕事が楽しかったです」この会社では8年半という長い期間勤務し、30代半ばまで大切な時間を過ごした。当時を振り返って伊谷氏は「今でもその時につながった方々とは今も連絡を取っています。彼らはみんな優秀で、総務省や経済産業省、大手商社などで活躍しています」と語る。しかし、同じ仕事の繰り返しに「自分の成長」に疑問を感じはじめた。「全国を飛び回る生活が続き、北海道から九州まで月に何度も移動していました。社長と一緒に仕事をしていて楽しかったのですが、徐々に『このままでいいのだろうか』という思いが募ってきたんです」半年のブランク期間が導いたイノベントとの出会い退職後、伊谷氏は半年ほど次の進路を模索する期間を設けた。当時34歳と、転職市場では「厳しい年齢」と言われるタイミングだった。「毎日のように友人と会って話をしていました。お酒の場で様々な人と出会い、いろんな話を聞けたのがこの時期の財産ですね。そんな私を心配した先輩が『こんな年齢で何もしないのはまずい』と声をかけてくれて、イノベントを紹介してくれたんです」紹介してくれた先輩の友人がイノベントにコンサルタントとして関わっており、「泥臭いことができる人材」として伊谷氏を推薦してくれたという。「展示会の仕事は泥臭いけれど、とてもやりがいがあります。特にB2Bの世界では、目立たないけれど重要な役割を担っているんです」イノベントでの挑戦と飲食業界への貢献イノベントに入社後、伊谷氏はまず営業からスタートした。出展者を集める営業活動は、過去の経験が活かせる分野だった。「保険、旅行、イベントと、すべて無形商材を扱ってきたんです。コツさえ掴めば、どの業界でも通用するスキルがあります」営業と並行して集客にも携わるようになり、現在はマーケティングリーダーとして、東京、大阪、福岡、沖縄など全国各地で開催されるFOOD STYLEシリーズをはじめとする複数の展示会のマーケティングを担当している。「今は8つの展示会を担当しています。FOOD STYLEだけでも東京、愛知、大阪、福岡、沖縄と5ヶ所で開催しています。それ以外にも農業やバックオフィス関連の展示会も担当しています」飲食業界のデジタル変革を推進するキーパーソンへ伊谷氏は現在、レストランテック協会のメンバーとしても活動し、飲食業界のDX推進に力を入れている。しかし、業界全体の現状はまだまだ改善の余地がある。「飲食業界のDX進捗度は10点満点中2点と評価されています。しかし、DXにより業務効率化や売上向上などの効果が期待できるんです」彼女は年間50〜100本ものセミナーをコーディネートし、経営者や現場で活躍する女性、ビジネス書籍の著者など各分野のスペシャリストを招聘している。その根底には、「飲食店やフードビジネスを活性化したい」という強い思いがある。「居酒屋をはじめとする飲食店が活性化するための企画やセミナーを日々考案しています。話題性のある経営者から現場で活躍する方まで、様々な視点から飲食業界の未来を考える場を作っています」これからの飲食業界に望むこと飲食業界は今、大きな変革期を迎えている。人手不足や働き方改革、そしてデジタル化の波が押し寄せる中、伊谷氏は業界の未来についてこう語る。「飲食業界は人の温かさが感じられる業界です。テクノロジーで効率化できる部分は積極的に取り入れつつ、人でしかできない"おもてなし"や"創造性"の部分を大切にしていくべきだと思います。居酒屋で知らない人と話をしたり、美味しい料理に感動したり...そんな体験は他では得られません。だからこそ、この業界がもっと活性化するお手伝いがしたいんです」取材を終えるにあたり、伊谷氏は少し照れくさそうに微笑んで言った。「私はただお酒と食べ物と、そこに集まる人々が好きなだけなんです。でも、この飲食業界の魅力をもっと多くの人に知ってほしい。技術の力で飲食店がもっと働きやすく、お客様にとってももっと魅力的な場所になれば、きっと素晴らしい未来が待っています。だから私は明日も、素敵な出会いを求めて、お酒を片手に飲食業界の未来を考え続けるんでしょうね」彼女の言葉には、飲食業界への深い愛情と未来への希望が溢れていた。伊谷氏が作り出す「場」を通じて、飲食業界がさらに活性化していくことを心から願わずにはいられない。